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照明で、見えるものが変わる!作品“本来の色”を届ける美術館

美術館といえば・・・、どんなイメージですか?

とっても大きな建物を思い浮かべた方は、意外に多かったのではないでしょうか。そんなイメージと少々異なるのが、パナソニック汐留美術館。

当社東京汐留ビルの一画にある、約100坪の小さな美術館です。

企画展ごとに新しい空間を創り出し、限られた空間内で作品鑑賞に集中できるのが特徴。作品を身近に感じていただける空間で鑑賞できるのも魅力のひとつです。

40~50分でひと回りできるので「気軽に見に行ける」と、何度もご来館くださる方も多くいらっしゃいます。

美術館・博物館照明による社会貢献

2003年4月、パナソニック汐留美術館は社会貢献の一環として誕生しました。

パナソニック汐留美術館ロビーの様子(2022年)

フランスの画家ジョルジュ・ルオー(※1)の作品約260点をコレクションし、世界で唯一その名を冠した「ルオー・ギャラリー」で公開しています。

また、開館以来、「ジョルジュ・ルオーを中心とした美術」、「建築・住まい」「工芸・デザイン」をテーマとした企画展を通じて、私たちのくらしを豊かにする活動を続けています。

(※1)ジョルジュ・ルオー(1871-1958)
フランスの近代を代表する画家。パナソニック汐留美術館ではルオーの初期から晩年までの絵画や代表的な版画作品をコレクションしている。

美術館内「ルオー・ギャラリー」の様子(2022年)

パナソニック汐留美術館は、美術館・博物館専用の照明器具のメーカーでもある当社が運営しています。

そのため毎回、企画展のあちこちに「作品本来の色や遠近感、マティエール(※2)」を引き出す照明の工夫を凝らしています。
また、日本の美術館の照明技術向上に貢献できればと、全国の美術館学芸員を対象とした照明研究会を定期的に開催し、続けています。

(※2)絵肌を意味する絵画用語

今回は、パナソニック汐留美術館のウラガワとして、2022年秋に開催した「つながる琳派スピリット 神坂雪佳」(以下、「神坂雪佳」展)の照明の秘密を大公開。

どうぞお楽しみください!

暗闇を感じさせず、作品に没入できる光とは?

今回照明のウラガワを話してくれるのは、2022年最後の企画、「神坂雪佳」展を担当した照明デザイナーの吉塚奈月さんと学芸員の川北裕子さんです。

まず美術館の照明で大切なのは、作品保全という視点」と川北さん。

あまりに強い光を当てすぎると作品が劣化する恐れがあるからです。この光の基準を「照度」といいます。

「神坂雪佳」展では約300年前の作品もあり照度基準が厳しいため、「低照度、つまり薄暗く感じるようなあかりの中で、いかに視認性をあげ、作品世界に没入できるか」がテーマだったと吉塚さんはいいます。

神坂雪佳は、琳派の流れを汲む近代の作家。金と銀を使った作品が特徴です。

 川北:コンセプトとして「金と銀それぞれをよく見せたい」と吉塚さんに照明デザインを依頼しました。

金がはっきり見えるような照明は、赤みが強くなります。
逆に、銀を立たせようとすると青みの強い照明が必要です。

つまり1つの照明で、金と銀を同時に際立たせるのは難しく、特に金の作品が多い中で、銀をいかに見せるかが重要でした。

吉塚:銀を強調しすぎると青が浮き立ち、それまで金色の世界に没入していたのに、見ている方はそこで冷めてしまいます。
そうならないよう連続した世界感を大切にしました。

では、具体的な作品で見てみましょう。1つめは「白梅小禽図屏風」です。

つながる琳派スピリット 神坂雪佳(2022年)
右:中村芳中「白梅小禽図屛風」江戸後期 細見美術館
左:渡辺始興「白象図屛風」江戸中期 細見美術館

屏風絵の場合は、3つの光を使っています。
上から全体を照らす照明を1灯。光源から遠くなる分、暗くなりがちな下側を明るくさせるために床面の反射を利用したバウンド光。そして屏風では暗くなりがちな中央を照らすスポットライトです。

「屏風は山折り谷折りの部分など、影が出てしまいやすいので難しい。光のムラを感じさせないことも重要になります」と吉塚さんはいいます。

 吉塚:作品保存の観点から、展示照度50lxと暗めの空間なので、鑑賞者に暗さを感じさせないよう意識しました。
適度に明暗をつけながら、ふわっと作品全体が浮かび上がるような照明に仕上げています。大切なのは、どんな光やどんな色をあてているか、見ている方が照明器具の存在に気がつかないようにすること。照明は黒子のような存在だと思っています。

当時の再現ではなく、現代人の五感にひびく光

つづいての作品は、「杜若(かきつばた)図屏風」。

こちらも金の屏風ですが、先程の屏風とは照明のあて方は変わります。
こちらの方は、制作年が比較的新しく状態がよいので、金のノリもよいからです。この作品について川北さんの出したオファーはこうです。

川北:展覧会の最終章を飾る作品なので、「金の豪華さを出したい。けれど品のない印象は与えたくない。控えめすぎて杜若のシャープさが損なわれるのも避けたい。絵の本来の良さが見えるようにしたい」とお願いしました。

この難易度の高いオファーに吉塚さんはどんな照明を目指したのでしょうか。

吉塚:先程の「白梅小禽図屏風」と違い、この金は厚みもあり、かなり発光します。うまく光を反射させないとギラギラと目立ちすぎて主役を食ってしまう。杜若の印象を薄れさせずにシャープさを立たせながら、金のまろやかさも際立つような光を意識しました。

なんだか照明デザイナーは“光の演出家”といえそうだなと思ったのですが、そうではないと吉塚さんはいいます。
 

吉塚:基本的に、私は演出しません。演出は作者や学芸員のものだと考えているんです。私はむしろ、大胆な構図や潔い色のどちらもが生きるように、素直に光をあてるだけ。いつもそう心がけていますね。

という吉塚さんの言葉を受けて、川北さんも「素直に見せる」に同意見。

川北:私も基本は素直に見せたいです。美術館の照明とは、けっして当時の再現ではないのです。LED照明の生活に慣れてきた私たちの感覚のなかで、作品のもつ本来の良さや見どころが伝わるにはどうしたらいいだろうか。
現代人の五感で感じとれる環境をつくりたいと、展覧会の度に考えます。

つながる琳派スピリット 神坂雪佳(2022年)
神坂雪佳「杜若図屛風」大正末~昭和初期 個人蔵

ふだんの生活に、新しい発見、アイディアを

赤い金魚がとっても愛らしい「金魚玉図」についても聞いてみました。
これは金銀がメインではありませんが、実は金魚の「赤」と水草の「緑」も一緒に照明をあてるのが難しい色だそうです。 

つながる琳派スピリット 神坂雪佳(2022年)
神坂雪佳「金魚玉図」明治末期 細見美術館

吉塚:色温度が高い4000ケルビン(※)程度の白い光を当てると、水草は青々と発色するのですが、同じ光では金魚の赤は淋しい印象になってしまうのです。
逆に、赤の風合いを出すには、色温度が低い3000ケルビン程度の赤っぽい光が必要になりますが、水草の青・緑が発色しにくく、くすんだ印象になります。
※ケルビン:光の色を定量的な数値で表したもの

「では、中間の3500ケルビンの光を当てれば、ちょうどいいのでは?」と思ってしまいそうですが、そうでもないようです。

吉塚:この作品では、まずベースとして全体に4000ケルビンの光をあてた上から、ポイント的に金魚の部分に3000ケルビンを載せました。
そうすることで、まず金魚に自然と目がいき、続いて水草に目が流れるように、照明は2灯だけ
金魚の立体をだしつつ、背景との光の境界線がわからないようにあてています。最初は丸くあてたり、四角くあてたりしましたが、コントラストがつきすぎて不自然な印象になってしまったのでやめました。

さて特別に3作品の照明のウラガワを聞いてきましたが、最後にふたりに美術展を担当する際に大切にしていることを聞いてみました。
 

吉塚:作者さん、そして、学芸員さんが見せたい・意図しているものを「どう実現するか」をじっくりチームメンバーで検討します。
個人的には、演出しすぎないように気をつけていますね。それと最近は、私自身も暗い空間でじっと見つめていると目が疲れると感じるので、暗さを感じず作品に没入できるようにどうすればよいか、順応という視点も意識して照明をデザインしています。

川北:どの展覧会でも、美術館の中に一歩足を踏み入れたら、そこは非日常を感じられる空間でありたいと思っています。
そして、よく知る作品を近くで見ると違ったなという発見や、初めて観る作品でこんな考え方や感じ方があるのかという驚きなどが得られることも意識しています。
それらの発見が、普段の生活に戻ったときに新しい視点となり、見た方の世界がひろがればいいなと。これからも日常生活に還元できる視点や発見を提供していきたいと思っています。

学芸員の川北裕子さん(左)と照明デザイナーの吉塚奈月さん

現在、パナソニック汐留美術館は2023年4月7日まで改修工事中です。
4月8日、「開館20周年記念展 ジョルジュ・ルオー ― かたち、色、ハーモニー ―」で新たなスタートを切ります。

汐留駅、新橋駅からも気軽に行ける、パナソニック汐留美術館。
会社員のご来館者さまが多いのも実は特徴です。

もし何かアイディアに行き詰まったら、新しい発想や視点のヒントを見つけに来ませんか?

リニューアルオープンをどうぞお楽しみに! 

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