“アスリートファースト”で挑んだ、新国立競技場の照明技術
酷暑の夏も終わり、ようやく過ごしやすい季節になりました。
急に秋らしい涼しさが到来し、「早く衣替えしなくちゃ!」なんて焦りを感じている人も多いのではないでしょうか。
秋といえば、食欲の秋、読書の秋。そして、スポーツの秋ですよね!
そして、体を動かしたくなる気分にピッタリの祝日といえば…そう、10月10日「スポーツの日」!
ということで、本日のウラナレはスポーツの話題です!
今回は2年前にたくさんの感動を与えてくれた、あのスポーツの舞台にスポットを当てて、私達パナソニックの仕事をご紹介します。
その舞台とは、2019年11月に東京・新宿区に完成した新国立競技場。
陸上競技やサッカー、ラグビーなどさまざまなスポーツはもちろん、コンサートなどの文化イベント施設としても広く活用されています。
21世紀以降に建設された国際競技のための施設とあって、建物だけではなく、中に導入されている設備も最先端の技術の集大成と言える世界最高峰のレベルのものばかり!
その1つである照明設備を担ったのが、実は私たちパナソニック なんです。
今回は、新国立競技場における、知られざる照明技術のウラガワや苦労話を担当者に明かしてもらいました。
世界大会の場で求められた照明設備の条件とは?
南北方向に約350メートル、東西方向に約260メートルにまたがり、建設面積約69,600平方メートル、地上5階、地下2階建て・・・という日本屈指の巨大さを誇る新国立競技場。
その中に入ると、夜間でも真昼の屋外のような明るさのフィールドに驚かされます。
トップアスリートによる白熱の競演の舞台が、よりいっそうドラマチックにテレビの中継越しにも伝わってくるようです。
さて、とても明るい新国立競技場の照明ですが、照明の光がどのくらい太陽光に近いかを表す演色性を示す数値に「Ra値」という指数があります。
新国立競技場におけるRa値は実は90以上。
これは自然光とほぼ見え方が変わらないレベルの明るさです!
この明るさを実現するために、新国立競技場には1300台ものLED投光器が設置されています。
担当者の栗本雅之によると、照明器具の配置は、各スポーツ団体の基準をもとに仕様が決定されているとのこと。
しかし、今回の新国立競技場の場合は、その基準を上回る高い基準で照明器具が設計されたとのこと。それは、新国際競技場ならではの別の要件を満たす必要があったからなのです。
1つ目が世界大会における国際放送への対応。
栗本:“OBS(Olympic Broadcasting Services)基準”と呼ばれる、国際放送のための基準を満たすことが求められました。
具体的には、高い演色性と、スーパースロー撮影に対応できるちらつきのないフリッカー性能、強い光源により発生するテレビ撮影カメラへのフレアの抑制、前例のない高い照度とムラのない明るさ(均斉度)など…多くの基準をクリアする必要があったのです。
そしてもう1つは、トップアスリートが最高のパフォーマンスを発揮するための最適な光環境を実現すること。
前述のように、日昼・夜間の時間帯や気象条件を問わず、高い照度が求められる新国立競技場では、高光束のLED照明器具の採用や、“鉛直面照度”と呼ばれる垂直方向への照度を確保するために、遠方への照射が必須となります。
一方で、明るい照明はそのまま眩しさ(グレア)の原因にもなってしまいます。
「明るさを担保しつつも、グレアを抑制するというのは相反する要素…しかし、世界トップレベルのアスリートが最高のパフォーマンスを行うためには、この2つのバランスを保ちながら両立させることが大きな課題となりました」と栗本は語ります。
眩しさと明るさ、相反する要素を巨大施設で両立!?パナソニックならではの技術で挑戦
新国際競技場におけるグレアの検証は、“GR(不快グレア)”と呼ばれる選手に対するグレアの評価と、照明器具を直視した際のグレアを示す“減能グレア”という2つの指標によって評価が行われました。
新国立競技場で設定されたGRの目標値はGR40以下。
国際陸上競技連盟(IAAF)、国際サッカー連盟(FIFA)、国際照明委員会(CIE)、日本工業規格(JIS)で推奨されている基準値はGR50でしたが、前述の国際放送基準に合わせて大幅に低い値を目指しました。
パナソニックでは、グレアの元となる光の塊の発生を抑制するために、まずは漏れ光を制御した光学レンズを設計。
さらに、眩しさは高い位置に取り付けたほうが抑えられるため、競技用照明の取り付けの高さは日本工業規格 (JIS)で定められている“競技面中心から20°”という基準よりも高い25°に設定されました。
一方、減能グレアに関する対策では、「スポーツVR」と呼ぶ、パナソニック独自のVR技術を用いて評価・検討を綿密に重ねて、最適な照射角が決定されました。
スポーツVRでは、フィールド内の任意の視点や視線方向で直視グレアの評価が可能な他、例えばサッカーキーパー目線と陸上100m選手目線など競技ごとに異なるグレア現象を比較して、各照明器具の角度の修正などが行われたそうです。
栗本:スポーツVRによって、投光器の配光や取り付け位置、照射方向が適切かどうかの照度・照射ポイントの判断が計画段階で行えます。
例えば、ボール消失輝度の検証により、グレアが生じるおそれのある投光器を特定することができ、投光器の台数が削減されるなど、配灯設計が改善されました。
他にも、器具どうしや建築との接触や遮光がないかといった器具設置状況の確認事前検討、周辺の住宅や道路への光害が環境省の公害対策ガイドラインに基づく許容値以下かどうかといった判定が行えます。
VRを用いた照明検証だけで1年半ほどの時間を要していますね。照明設計全体の労力としては、Jリーグスタジアムの100倍くらいかかっていると思います。
こうした取り組みの結果、GRの実測最大値37を達成し、不快グレアを抑制した快適な競技空間が実現!
アスリートたちにとって、”競技をしやすいあかり”がここに誕生したのです。
栗本:関係者による設置後の現場確認でも「直視グレアも抑制されており、アスリートが十分なパフォーマンスを発揮できる良好なプレー環境である」との評価を得ることができました。
VRを使っていてもどうしても誤差が生じるケースはありますが、新国立競技場の場合、建物の建築自体もズレがなく、ほぼ想定したとおりの完成度でした。ただ…
「新国立競技場は“トラス構造”と呼ばれる柱を重ねた特殊な建築構造で、柱によって照明の光が1割ぐらいは遮られてしまうのです。今回、その設計調整が他の競技場にはない非常に苦労した点でした」と、当時の苦労を明かしました。
競技に応じて切り替え可能な照明設備のヒミツ
国際競技場としての高い照明基準をクリアしている以外にも、新国立競技場には競技ごとに切り替られる高度な照明システムも導入されています。
例えば、「国際競技モード」は、フィールド全体を日中の屋外のような明るさで照らす最も明るいモードで、オリンピックの多くの競技で使用されました。
「陸上モード」では、明るさをやや落とし、競技に適した照度でフィールド全体を包むように照らします。
「サッカー(Jリーグ)モード」では、トラック内側の中央部分を明るく、陸上競技用トラックは薄暗い状態に照らします。
スポーツ競技以外にもコンサートなど、各種イベントに合わせて、照明による多彩な演出が可能で、新国立競技場で開催されるイベント時にはその違いを見比べるのも、ひと味違った楽しみ方かもしれませんよ!
このように“アスリートファースト”の立場で取り付けられた、新国立競技場の照明設備。
観客席から見たフィールド内の光景にも圧巻されます。
栗本:これだけ明るい照度なだけに観客席からも選手がとても鮮明に見えます。LEDそのものの漏れ光が少ないように設計されているので、競技場部分が集中的にライトアップされるので、劇空間的で大変ドラマチックに映ります。
加えて、観客席の構造自体がすり鉢状になっていて、観客席の照明自体は前のほうは明るくて後方へ行くほど徐々に暗くする設計になっています。
どこから見てもフィールドに対する目線も下になりますし、照明のグレア自体が抑えられていることで、客席からもボールを追いやすいと思います。
国際競技の舞台として、令和の時代に首都・東京の中心に生まれ変わった新国立競技場。
今後も繰り広げられるスポーツや文化イベントの際には、世界レベルの照明設備にもぜひご注目を!
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